社員の声から復刻した、とっておきの一缶

06 由比缶詰所 【前編】

静岡県の中心部に位置し、駿河湾に面した小さな港町、由比(ゆい)。東海道の宿場町として栄えたこの町にある缶詰の会社が「由比缶詰所」です。ここには街の人々に支えられ、愛され続けるとっておきのツナ缶詰がありました。今回は、その缶詰が生まれた背景とこだわりについてご紹介します。

缶詰を作り続けて70余年。山と海に囲まれた温暖な気候の港町・由比で、こだわりの味を守り続けている。

静岡からはじまった、日本のツナ缶詰。

さまざまな料理に使えて便利なツナ缶詰は、常備している家庭も多いのでは?
このツナ缶詰、日本では昭和4年(1929年)に静岡県水産試験場のチームによって誕生した。駿河湾では古くから漁業が盛んで、初夏のカツオ漁のときに「一緒に捕れて“しまう”びん長まぐろは『豆腐まぐろ』と呼ばれてあまり好まれていなかった」と教えてくれたのは、取締役営業部長兼企画部長の川島大典さん。
「この活用を思案して目を付けたのが、欧米で流行っていたびん長まぐろを綿実油に漬けている『ツナ缶詰』だったんです」。これを手本に日本産のツナ缶詰が作られ輸出が始まると、品質の高さから海外で大人気に。そこから駿河湾一帯では輸出向けのツナ缶詰メーカーが次々と誕生し、地域の重要な産業へと成長していった。

時代に合わせ、季節ごとに工夫を重ねた缶詰作り

由比缶詰所は元々、果物の加工や鰹節作りの一端を担う小さな商店であったが、流れに加わりツナ缶詰の製造を始めた。
静岡県は温暖な気候でみかん栽培が盛んだったため、「旬の時期に採れたものを缶詰にして長期保存できるよう、夏はまぐろ、冬はみかんの缶詰を作っていました」と川島さん。最盛期には、全国から「季節工」が働きに来ていたそう。
今も使われている社内の建物は、その「季節工」の元寄宿舎。部屋には昭和の映画スターのポスターが貼られたままで、当時の活気と面影を残している。
しかし急激な為替変動で昭和40年代には輸出産業が難しくなり、販路と製品を国内向けにシフト。先陣をきった大手メーカーの委託製造(OEM)を請け負う協力工場が増え、由比缶詰所もそのひとつとして国内向けのツナ缶詰を作るようになった。

社員たちの誇りが復活させた、『ホワイトシップ』ブランド。

かつて由比缶詰所には、輸出用の『ホワイトシップ』という自社ブランドのツナ缶詰があった。
輸出用は原料が高価なものだったので、国内販売をするにはコストを抑える必要があり、きはだまぐろやカツオと大豆油を使った、フレーク状の商品が一般的に。
由比缶詰所でもこの普及品のOEM製造が主流となり、『ホワイトシップ』は姿を消してしまった。それでも社員たちの間では「昔のびん長まぐろのツナ缶詰の方がおいしかった」との声が増え、「せめて自分たちが食べる分を作りたい」思いが膨らんだ。

「お中元やお歳暮で自分たちが作ったと胸を張って渡せる商品を作りたい、それならと、『ホワイトシップ』をもう一度復刻させたんです」。
自社の製品と自分の仕事に誇りを持っていたからこそ、何より本当のおいしさがあったからこその、社員たちの熱い声。
これを追風に昭和50年、『ホワイトシップ』が再び走り始めた。

いい魚といい油が、いいツナ缶詰を作る

『ホワイトシップ』印のツナ缶詰は、びん長まぐろと綿実油、塩、少量の調味料だけで作るシンプルなもの。そのため、素材の質が何よりも重要となるので、厳選していると川島さんはいう。

5~7月に日本近海で漁獲されるびん長まぐろは、ほどよく脂がのり、ほんのりピンクがかった白い身が特徴。漁港から何度もサンプルを取り寄せ、慎重に選別し、確実に納得できるものしか買わない徹底ぶりだ。
過去には思う基準のものがなかなか手に入らず、やっと見つけた刺身用のまぐろを品質を守るために高値で購入したこともあったそう。まぐろの質が味を決めるため、妥協は一切しない。
また、まぐろの味を活かす油にもこだわり、上質な綿実油を使用している。「いい魚といい油がなければ、いいツナ缶詰は作れないですから」。
どこまでも品質を一番大切にしている由比缶詰所の信念が表れている一言だ。

限られた販路ながらも、増え続けるファン。

現在『ホワイトシップ』印のツナ缶詰を販売しているのは、直売所と通信販売のみ。
「買いに来てくださるお客さまに特別な値段をつけたくない」との思いから、社員と同じ工場直販の卸値社員価格のまま提供している。
手作業でていねいに作るため、大量生産は難しい。地球温暖化で海の環境も変わってきているなかで、良質のびん長まぐろが捕れ続けるのか、わからない。「その状況で流通に乗せて万が一大量に売れたら、社員や長年のお客さまにご迷惑をかけてしまうことがあるかもしれない。それは避けたいので、慎重に広げていこうと考えています」。
品質とお客さまをどこまでも大切にする姿勢も伝わっているのか、メディアで取り上げられることも多く、口コミでそのおいしさが広がり、ファンは全国に増え続けている。

その裏側や綿実油との相性について、後編でさらにご紹介しよう。

株式会社由比缶詰所

日本で唯一「桜えび」が水揚げされる駿河湾に面した静岡県清水区由比の街に、1933年(昭和8年)に創業。県の缶詰工場のひとつとしてまぐろやみかんの缶詰を製造し、1948年(昭和23年)に民間企業として「由比缶詰所」を設立。以来、缶詰や瓶詰、レトルト食品の製造・販売を行っている。なかでも昭和初期に作られたオリジナルブランド『ホワイトシップ』の商品は、原料や製法にこだわりを持って作っており、贈り物の定番としても親しまれ、社員をはじめ根強いファンが全国に広がり続けている。市民が選ぶ静岡市逸品「しずおか葵プレミアムAWARD」受賞。メディア掲載も多数。

株式会社由比缶詰所

住所:静岡県静岡市清水区由比429-1
電話番号:0120-272-548
受付および直売所営業時間:8:00~17:00
定休日: 土・日・祝
公式サイト: https://yuican.com
オンラインショップ: https://yuican-shop.com
Facebook:https://www.facebook.com/yuican/