11 旬彩天 つちや 【前編】
大阪・江坂の閑静な住宅街に、ひっそりとのれんを掲げる一軒家があります。風情ある古民家で日本料理と天ぷらを供する「旬彩天 つちや」です。オープン以来、常に満席、予約困難という状況が続き、国内外の食通を惹きつけてきました。その理由はどこにあるのか、店主の土阪幸彦さんに伺いました。

「旬・彩・天」三つの想いを束ねた屋号。
国内では3ヵ月前、海外向けには4ヵ月前から予約を受け付けるものの、常に満席が続く「旬彩天 つちや」。この状況が創業当初から続いているというから驚きだ。土阪さんは「修行時代に培った日本料理と、スペシャリテである天ぷらを融合させた店」と語る。
開店にあたり、どのような店にするかを考え抜いた末に行き着いたのが、屋号に掲げた「旬彩天」という三本柱だった。「これは自分の心の中にあった大事なものなんです」。季節の恵みや生産者への敬意を表す「旬」、日本料理で培った器使いや盛り付けの美を意味する「彩」、そして自身の核となる天ぷらの「天」。土阪さんが考えた造語でありながら、「他にはない強い理念を兼ね備えた言葉」だという。



カタチに変えた、36歳の決意。
つちやの創業は2008年。当時、土阪さんは37歳だった。それまで和食を中心にさまざまな店で経験を積み、大阪・北摂の日本料理店で料理長を務め、10年目を迎えようとしていた36歳の正月。父との会話の中で「できるなら自分の店を持ちたい」と口にしたことが転機となる。
「ひとつの店で10年料理をさせていただくのは目標達成が見えてきて、後輩に料理長の席を譲ることも必要だと考えまして。自然なタイミングだったんでしょうね」。この新年の決意をきっかけに運命は大きく動き、新たな挑戦への扉が開かれた。
“スペシャリテ”というアイデンティティ。
フランス料理では、その店やシェフが得意とする看板料理“スペシャリテ”を持つことが多い。和食では必ずしも一般的ではないが、土阪さんは店を構えるにあたり「コース全体の完成度に加え、記憶に残る “スペシャリテ”となる山場を作りたい」と考えた。それまで客前調理で最も率直な反応が返ってきたのが天ぷらだったことから、「会席の中でも山場を作ることができる」との思いが芽生えたという。
「割烹や日本料理店では扱わない専門領域である天ぷらを、日本料理人である私が両方手がけたなら、既存の枠に収まらない面白い店ができると思って」。こうして日本料理の繊細さとしなやかさ、天ぷらの本能に訴える力強さを併せ持つ、つちやならではのコースが形づくられた。


一皿に宿る、季節という“景色”。
コースは先付けから始まり、会席コースは季節の品へと続く。器使いや盛り付けに映し出される季節感と美しさに、思わず感嘆の声が上がる。
「これはお鮨なんですよ」と教えてくれた一品は、鯛のお造りをアレンジしたもの。滋賀県出身の土阪さんが、郷土の鮒寿司から着想を得てごはんをペースト状にし、わさびでも生姜でもなくピンクペッパーを添えた。
想像を超えるアイデアと技に、土阪さんのセンスが光る。柔らかな感性の日本料理の良さと、揚げ手の硬い意思が宿る天ぷらの技術。「その相反する要素を混ぜ合わせつつも、完全には混ぜ合わせきらず、さまざまな“景色”を表現することが私の目指す料理です」と話す。
感性で味わう、天ぷらというライブ。
先付けまではお客さまとの会話もあり、和やかな空気が流れる。しかし天ぷらの準備が始まると、店内は一転して静寂に包まれる。カウンター越しに油の音が響き、期待が高まっていく。
「この緩急が大事なんです。揚げている間は目の前の油に集中し、本能的に揺さぶられる場を演出するためにも、本気で揚げますから。料理は感性で召し上がっていただきたいのですが、天ぷらの時間は“本能”だと思っています」。最後のさつまいもで緊張がほどけ、再び会話が戻る。その流れはまるで音楽のようなライブ感。揚げる手さばきにも、舞うような独特のリズムがある。
五感で楽しむ天ぷらこそが、つちやの真骨頂だ。

この天ぷらを支える“綿実油”については、後編で詳しく伺う。

店主 土阪 幸彦 さん
幼少期から大工である職人の父に憧れを抱き、高校時代、アルバイト先で目にした鮨職人の包丁捌きの格好良さに心を打たれ、料理の道を志す。調理師専門学校卒業後、割烹やホテルの厨房、和食店などで修行を重ね、スカウトを経て北摂の日本料理店に勤務。料理長として10年間腕を振るう。2008年、大阪・江坂に「旬彩天 つちや」をオープン。日本料理の繊細さとしなやかさ、そして本能に訴えかける天ぷらの力強さを融合させた独自のスタイルで、国内外から高い評価を受ける。世界的に知られるグルメガイド『ミシュランガイド京都・大阪』で、16年連続星を獲得。予約困難な名店として、国内外の人々に愛され続けている。

旬彩天 つちや
住所:大阪府吹田市豊津町41-4
電話番号:06-6338-2288
営業時間:12:00~14:30(最終入店12:30)
18:00~21:30(最終入店19:00)
定休日:日曜日、月曜日の昼
席数: 14席
ホームページ:https://www.shunsaiten-tsuchiya.com



